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♪郡上のナー 八幡出てゆくときは

2010年8月23日 月曜日 15:46

郡上のナー 八幡出てゆくときは アソンレンセー 雨も降らぬに 袖しぼる 袖しぼるノー 袖しぼる アソンレンセー 雨も降らぬに 袖しぼる

 

これは、郡上踊りの「かわさき」です。21日、日本共産党の後援会が主催する「郡上踊りと鮎の旅」に参加し、あいさつさせていただきました。郡上踊りは国の重要無形民俗文化財だそうです。郡上では昔から念仏踊りや先祖供養のための踊りがあったそうで、はっきりした起源はわからないようですが、今から約400年前、当時でいえば、農民が徒党をくむことを嫌ったようですが、郡上藩主の遠藤慶隆がこういった踊りを保護したそうです。これが、郡上踊りの発展につながっているそうです。

 

そして、もうひとつ、郡上おどりの発展の要素となった騒動がありました。「宝暦騒動」という農民一揆が、18世紀の半ばに起こりました。当時の藩主が年貢の税率をあげようとしたところ、農民が一揆をおこして抵抗しました。郡上では話にならないと江戸まで行って直訴するなどのたたかいが4年に渡って続きました。結局、当時の藩主であった金森家は断絶しました。この騒動は、「郡上一揆」というタイトルで映画にもなりました。金森家断絶の後、徳川家の側近である青山幸道公が幕府から派遣されました。青山公は、長期間に及んだ郡上一揆で荒れた領民の融和を図るために、踊りを奨励したといわれています。

 

私は、この郡上市の近くの上之保でうまれました。映画「郡上一揆」にも上之保が出てきます。しかし、なんと郡上踊りは初めてなのです。三味線、笛、太鼓、うたとすべて生演奏。これがとってもいい。サイコー。郡上踊りというのは全部で10曲ほどあるそうで、郡上踊り保存会のみなさんの審査により免状を取得することができるそうです。徹夜で踊り明かす、「徹夜踊り」というのもあります。あせびっしょりになって踊りの輪にまじり、みようみまねで踊ってきました。後援会のみなさんは、宿泊して翌日は郡上市100821_2213~01内を観光します。私は、残念でしたが、山口清明名古屋市議と一緒に名古屋へ帰りました。

 

郡上踊りの魅力にふれたひとときでした。うれしかったのは、ホテルの方が私の中学の先輩でした。岐阜県議の大須賀さんのご親戚にあたるのですが、「今日、来るって聞いてたから会えてうれしい。選挙は応援したよ」と言ってくれました。ありがとうございました。鮎もおいしかったです。 写真がないので、これでご勘弁。ホテルにかざってありました。

1件のコメント»

郡上踊りはむかぁぁぁし教えてもらった。いまでも「春駒」なら踊れる…と思う(笑)七両三分の春駒春駒…それにしてもいま時分の鮎はいいねぇ(羨)

2010年8月23日|18:59|Sasha

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